ホワイト ペーパーアンテナ パターンとその意味アンテナ パターンからはそのアンテナについて様々な特性を知ることができます。この文書では、それらのパターンから読み取れる様々な一般的なアンテナのパラメータについて記述しています。 イントロダクションアンテナはワイヤレス LAN システムの主要なコンポーネントのひとつです。アンテナには様々な種類があり、それぞれの用途があります。しかし、アンテナを定義する言葉、および各タイプのアンテナの基本機能には混乱が生じています。このホワイト ペーパーは、様々なアンテナとその機能に関する誤解や混乱を解くことを目的としており、電磁気学の入門や導入ガイドを意図したものではありません。基本的なアンテナと専門用語の辞書として、また特にアンテナ パターンとそれに関連するパラメータの解説書としてご利用ください。様々な種類のアンテナのうち、ワイヤレス LAN システムで使用する可能性のあるものを中心に説明します。 まず、基本的な用語の説明をし、続いて一般的なアンテナの種類とその特徴について解説します。その中で、3D 放射パターンを含むそれぞれのアンテナ パターンをいくつか示して解説します。また、アンテナの各種類の標準的な性能についても説明します。一部のパラメータを拡張して設計することはいくらでも可能なため、「標準的」アンテナには例外が数多く存在します。しかし、いくつか例を挙げ、そのパラメータの一部に焦点を絞って紹介します。 ワイヤレス LAN(WLAN)システムでは通常、ダイポール アンテナ、全方向性アンテナ、パッチ アンテナ、八木アンテナが使われます。図 1 に示されているアンテナは、メーカーごとに多少の違いがありますが、各種類のアンテナの典型的な例です。この図に掲載されている各タイプのアンテナの機能について、この文書で詳しく解説します。 図 1 ワイヤレス LAN システムで使用される様々な種類のアンテナ 歴史的背景:通常「八木」と呼ばれる種類のアンテナは、1920 年代後半に日本の東北大学の 2 人の教授、八木秀次氏と宇田新太郎氏により初めて開発されたものです。アンテナの開発はもっぱら宇田氏が行いましたが、八木教授がこのアンテナ設計を米国やその他の様々な国の講演会で発表して、普及させました。以来、この種類のアンテナには八木氏の名前が用いられるようになりました。 基本的な定義アンテナとアンテナに関する専門用語を、送信アンテナに関して定義する場合がありますが、定義はすべて受信アンテナにも適用できます。実際に、1 つのアンテナの特性はどちらの形態で運用しても変わりありません。そのため特に明記していなくても、アンテナについての定義と説明は送信側と受信側の両方を対象とします。 アンテナ。アンテナは導波から放射電波、またはその逆方向の間にある変換器です。アンテナにエネルギーを「誘導する」しくみとして最も分かりやすい例は、アンテナに接続する同軸ケーブルです。放射エネルギーの特性はアンテナの放射パターンにより把握することができます。 アンテナ パターン。放射パターンまたはアンテナ パターンは、アンテナの放射特性を関数空間として図示したものです。アンテナのパターンは、アンテナがどのようにエネルギーを空間に放射(または受信)するかを表しています。アンテナがすべての方向(少なくともある程度まで)にエネルギーを放射するため、アンテナ パターンは実際に三次元的になることが重要です。しかし一般的には、この 3D パターンを主平面パターンと呼ばれる 2 種類の平面パターンで表します。特定のパターンの最大値、もしくは直接測定により 3D パターンの断面を 2 種類作成すると、これらの主平面パターンが得られます。一般にアンテナ パターンと呼ばれるものは、これらの主平面パターンを指しています。 あるアンテナの放射特性を 2 種類の主平面パターンで表す方法は、2 つの平面のみの表示でもそれほど多くの情報が失われないため、良好なパターンを持つアンテナに対しては非常に有効です。図 2 にこのようなアンテナの測定に使用される座標の例を示します。 図 2 アンテナ測定用の座標 主平面パターンやアンテナ パターンに関する説明において、方位角平面パターンと仰角平面パターンという用語がよく使われます。方位角という用語は通常「水平」または「水平な」を意味し、仰角は「垂直」なものを意味します。これらの用語がアンテナ パターンの記述に用いられる場合は、そのアンテナが目的の方角に据え付けられて(または測定されて)いることを前提にしています。図 2 では、x-y 平面(θ = 90度)が方位角平面です。方位角平面パターンの測定は、試験用のアンテナを軸にして x-y 面全体を横旋回して行われます。仰角平面は x-y 平面に垂直な平面であり、y-z 面(φ = 90 度)に相当します。仰角平面パターンは試験用のアンテナを軸に y-z 面全体にわたって縦旋回して行われます。 アンテナ パターン(方位角および仰角平面パターン)は極座標で図示されることがよくあります。この図では、アンテナが「照準を合わせた状態」または設置された状態で、全方位に放射する様子をユーザが簡単にイメージすることができます。アンテナ パターンを直交座標系で図示すると分かりやすい場合もあります。特にパターンの中に複数のサイド ローブが出ていたり、これらのサイド ローブのレベルが重要な場合に役立ちます。 ローブ。どのようなアンテナ パターンにも、ローブと呼ばれるパターンが複数生じます。「ローブ」にはメイン ローブ、サイド ローブ、バック ローブがあり、これらの名称はパターンの中のどの部分にローブが現れるかを示します。一般的に、パターンの中で比較的放射の弱い区域に囲まれている部分がすべてローブとなります。つまり「突出した」部分をすべてローブと呼び、それぞれのローブにはその位置から判断できる名前が付けられています。図 3 は複数のローブが生じている放射パターンです。ローブの名称をそれぞれの図中に示します。 等放性アンテナ。等放性アンテナは、全方向に等しいエネルギーを放射する仮想的に無損失のアンテナです。この仮想アンテナの放射パターンは球体となり、主平面の断面は方位角も仰角も円形になります(実際にどの断面も円形になります)。 ゲイン。アンテナのゲインは(どの方向を向いていても)、基準とするアンテナの電力ゲインに対する、そのアンテナの特定の方向における電力ゲインの比率と定義されます。通常、この定義の等放性アンテナを基準アンテナとして用います。ここでは、等放性アンテナが無損失であり、全方向に等しいエネルギーを放射するという点に留意してください。等放性アンテナのゲインは G = 1(すなわち 0 dB)になります。等放性アンテナとの比較によるゲインの単位には、通常 dBi(等放性アンテナ比デシベル値)が用いられます。dBi で表現されるゲインは次の公式で求めることができます。 GdBi = 10*Log (GNumeric/GIsotropic) = 10*Log (GNumeric) 理論上のダイポール アンテナが基準として用いられることもあり、この場合は、ダイポール アンテナと比較したゲインを示すための単位として dBd(ダイポール比デシベル値)が使用されます。この単位は高ゲインの全方向性アンテナのゲインを表すために用いられる傾向があります。このような高ゲインの全方向性アンテナの場合、dBd で表されているゲイン値に 2.2 dBi を加えたものが dBi によるゲインになります。たとえば、あるアンテナのゲインが 3 dBd なら、5.2 dBi と表すこともできます。 アンテナのゲインとして数値が 1 種類しか記述されていない場合は、最大ゲイン(放射が最大となる方向におけるゲイン)とされます。 重要なのはゲインを持つアンテナ自体は放射電力を作り出さないという点です。アンテナは、全方向への等しい電力放射に関連して電力を放射する方向を決めるだけであり、ゲインは電力の放射の特徴を説明しているだけです。 3 dB ビーム幅。アンテナの 3 dB ビーム幅(電力が半分のビーム幅)が、通常、各主平面に明示されます。各平面における 3 dB ビーム幅とは、主ローブの最大ゲインより 3 dB 下がった点の間の角度と定義されます。図 3 での 3 dB ビーム幅は、極座標における 2 本の青線の間の角度として示されています。この例では、この平面の 3 dB ビーム幅は約 37 度です。ビーム幅の広いアンテナは一般的にゲインが低く、ビーム幅の狭いアンテナはゲインが高い傾向があります。ゲインというものが、電力が特定の方向にどのくらい放射されるかを示す尺度であるということが重要です。したがって、エネルギーのほとんどを狭いビームの中に(少なくとも 1 平面に)注ぐアンテナはゲインが高くなります。 前後電解比。前後電解比(F/B比)は、指向性アンテナの後方からの放射レベルを示すもので、性能指数の 1 つとして用いられます。基本的に前後電解比は、ピークの180 度後方のゲイン に対する前方向ピーク ゲインの比率を表しています。前後電解比は dB の単位で表し、前方向におけるピーク ゲインと、その 180 度後方のゲインの差を表します。 偏波。アンテナの偏波もしくは偏波状態は、幾分難解で複雑な概念です。アンテナは電磁波を発生させますが、この電磁波は空間を伝搬する時間により変化します。「外側」へ向かって進行するある波が、常に単一の平面に電界を発生させながら一定のリズムで「上下する」場合、この波(またはアンテナ)は直線偏波していると表現されます(横ではなく上下に変化するため垂直偏波とも呼びます)。波が空間を伝搬する際に規則的に回転すなわち「スピンする」場合は、その波(またはアンテナ)は楕円偏波していると表現されます。特別な例として、波が円周上を回転する場合は、その波(またはアンテナ)は円偏波していると表現されます。このことは、ある種類の電磁波に敏感なアンテナが存在することを意味しています。この概念の実用的意義は、同一の偏波特性を持つアンテナ同士が最善の送受信経路となることを表すことにあります。 直線偏波された電波を発生し、直線偏波に対する感度が高いアンテナを例に説明します。直線偏波するアンテナが、直線偏波されて「上下に」(垂直に)振動しながら進む電磁波を発射した場合、その電磁波に対する最適な受信アンテナとは、同様に直線偏波(垂直偏波)したアンテナです。直線偏波には、電磁波が同じ原理で「左右に」(水平に)振動しながら進むものも含みます。アンテナは物理的に水平方向または垂直方向へ簡単に回転できるものが多くあります。ただし回転させることが最適な選択肢とは限りません。 円偏波アンテナでは、構造によって電磁波を時計回りまたは反時計回りに放射できます。そのため、このような電波信号を受信するには、同様に円偏波アンテナを使用する必要があります。回転方向は一般的に、左旋円偏波(LCP)または右旋円偏波(RCP)に区別されます。 アンテナの偏波は、必ずしもアンテナの大きさや形状に関連するわけではありません。ダイポール アンテナは使用方法から通常は垂直偏波と呼ばれますが、これは垂直に設置されるためで、アンテナ自体は直線偏波します。同様に、構造的に円形のアンテナが円偏波であるとは限りません。円形のパッチ アンテナの多くが垂直偏波であったり、四角形のパッチ アンテナが円偏波である場合も数多くあります。これらの例は、アンテナの偏波がその形状に起因するものではないという事実を分かりやすく実証しています。 VSWR。電圧定在波比(VSWR)は、定在波パターンにおける最小電圧と最大電圧の比率と定義されます。電力が負荷から反射されると定在波が発生します。そのため VSWR は、デバイスから反射される電力量とは対照的に、そのデバイスに供給される電力量の目安となります。給電側と負荷側のインピーダンスが同一であれば、VSWR は 1:1 となり、反射電力は存在しません。そのため VSWR は、給電側と負荷側のインピーダンスがどの程度適合しているかの目安ともなります。WLAN で使用されるアンテナではほとんどの場合、アンテナが最適なインピーダンスの 50 Ωにどのくらい近いかを示す目安となります。 VSWR 帯域。VSWR 帯域は、アンテナが特定の VSWR を持つ周波数範囲と定義されます。たいてい VSWR 帯域は 2:1 ですが、1.5:1 であることも珍しくありません。 指向性アンテナ。指向性アンテナとは、1 方向(または複数方向)に、他のアンテナよりも効果的にエネルギーを放射するアンテナです。一般的に、これらのアンテナには 1 つの主ローブと複数の小さなローブが存在します。指向性アンテナには、パッチ アンテナやパラボラ アンテナなどがあります。 全方向性アンテナ。全方向性アンテナとは、特定の平面においては無指向性パターン(円形パターン)であっても、垂直面では指向性パターンを持つアンテナのことです。全方向性アンテナには、ダイポール アンテナやコリニア アンテナなどがあります。 一般的なアンテナの種類とそのパターンここでは、一般的なアンテナをいくつか紹介し、これらのアンテナの典型的なパターンについて詳しく説明します。ここで説明するのは、ダイポール、コリニア アレイ、単一パッチ アンテナ、パッチ アレイ、八木アンテナ、セクタ アンテナです。3D 放射パターンを含む各アンテナのパターンを示し、詳しく説明します。パターンと、これらのパターンから得られるパラメータに重点を置いて説明します。 パターンの方向は重要な問題ではありません。多くの場合、特定パターンの方向は個人的な好みの問題です。たとえば、指向性アンテナのパターンが上向きであることを好む人がいる一方、アンテナの一般的な設置方法だという理由で右向きや左向きを好む人もいます。大切なのは、アンテナの目的について基礎知識を身に付け、パターンのパラメータを理解できるようになることです。したがって、パターンの方向はあまり重要ではありません。 ここに示す各パターンはアンテナのシミュレーションから得られた出力です。全方向性パターンは、仰角平面パターンが水平線に向かって放射するように見えるよう回転させています。これは、全方向性アンテナの一般的な設置方法です。パッチ アンテナと八木アンテナのパターンはシミュレート時の状態です。つまり、シミュレート時と同じ座標で示されており、設置時のものではありません。 全方向性アンテナ全方向性アンテナは、オムニ アンテナとも呼ばれます。また、オムニ アンテナとは全方向性アンテナのことですが、ダイポール アンテナに限定しているわけではありません。ダイポール アンテナよりゲインが大きい全方向性アンテナをオムニ アンテナと呼ぶことがあります。ただし、ダイポール アンテナは次のセクションで説明するように、全方向性アンテナの 1 つです。ダイポール アンテナは特別なケースです。 ダイポール アンテナ 一般的にダイポール アンテナとは、半波長(λ/2)ダイポールのことを指します。物理的なアンテナ(アンテナの外装ではない)は導体素子で構成され、これらを合わせた長さが利用周波数における波長の約半分になります。これは、エネルギーを水平(アンテナに対して垂直)に放射する単純な構成のアンテナです。図 4 に示すパターンは、z 軸に沿って垂直に立てられた 2 本の細いワイヤで構成される、完全なダイポール アンテナのパターンです。 結果として生じた 3D パターンは、ドーナツやベーグルのような形になり、アンテナはその穴の部分に位置してエネルギーを外側に放射します。x-y 平面上のアンテナに垂直なとき、放射されるエネルギーが最も強くなります。 3D パターンを水平面(この場合は x-y 平面)で切ると方位角平面パターンになります。これはベーグルを輪切りにした形と同じです。方位角平面パターンは無指向性であることに注意してください。つまり、アンテナは方位角平面のすべての方向にエネルギーを等しく放射します。そのため、図 4c に示すように、方位角平面パターンは円形になり、すべての角度でピーク ゲインが得られます。 あらゆる垂直面上(事実上あらゆる平面上)のパターンは本来指向性です。そのため、このアンテナは全方向性アンテナの定義に適合します。仰角平面パターンは 3D パターンを垂直面(x-z 平面または y-z 平面)で切るとできる形です。仰角平面パターンからは、図 4d のパターンに 2 本の青線で示したように、ダイポール アンテナの仰角平面に 78 度のビーム幅があることがわかります。これらの線は、ゲインがピークから 3 dB 落ちた場所に描かれています。仰角平面のビーム幅は、曲線上にある 2 つの 3 dB 点の間の角度幅の合計です。 半波長ダイポールのゲインはおよそ 2.2 dBi です。2.2 dBi という値は、仰角平面の水平線上および方位角平面のあらゆる場所で得られます。方位角平面パターンが、全角度で 2.2 dBi の円形であることに注意してください。これらの値は 3 dB ビーム幅で、理論上、半波長ダイポールのゲインです。ダイポール アンテナは通常このように説明されますが、市販されている多くのダイポールはこれらの理論値を達成できていません。 これらのアンテナ パターンを考慮すると、ダイポール アンテナは、床面もしくは地面に対して垂直になるように設置しなければならないことが分かります。このようにすれば、意図するカバレッジ エリアに最大のエネルギーを放射できるようになります。パターンの中心にあるヌルは上下に変動します。屋内環境では天井が近接し、マルチパスのすべてが存在するため、通常はこれが問題になることはありません。 コリニア オムニ アンテナ 高ゲイン全方向性アンテナを作るには、複数の全方向性構造(ワイヤまたは回路基板上のエレメント)を垂直かつ直線的に構成します。これにより、方位角平面上で全方向性パターンを維持しながら、より集中的な仰角平面ビームを受信できるため、結果としてより高いゲインを実現できます。この方式は一般的に、コリニア アレイと呼ばれています。高ゲインが必ずしもアンテナの電力が増えることを示唆するものではないことに注意してください。高ゲインとは、同じ電力量がより集中的に放射されることを意味します。 図 5 に、一般的なオムニ アンテナのパターンを示します。図のアンテナは 3 つのダイポールのアレイで構成され、z 軸に沿って置かれています。図 5a の 3D パターンはやや平らな「ベーグル」の形になり、上下に小さな「ボウル」がついた形になっています。このベーグルは、図 5b に示す全方向性の方位角平面を形成し、仰角平面上の主ローブはダイポール アンテナと類似しています。上下にある「ボウル」は、図 5c の仰角平面に見られるサイド ローブを形成しています。 この場合も同様に、3D パターンを水平面(x-y 平面)で輪切りにした形が方位角平面パターンとなります。このパターンはやはり円形となり、全角度でピーク ゲインを得られます。直交面のパターンは指向性であることに注意してください。つまり、このアンテナは全方向性アンテナの定義に適合しているということになります。 結果として得られるゲインは約 5.8 dBi であり、図 5c の仰角平面に示した青線でわかるように、仰角平面のビーム幅は約 38 度です。ビーム幅はダイポールと比較して著しく狭くなります。このアンテナから放射されるエネルギーがより集中し、(ダイポールと比較すると)ゲインが高くなっていることがよくわかります。 高ゲイン全方向性アンテナでよく見られるように、仰角平面には明らかなサイド ローブが生じています。主平面パターンに見えているサイド ローブは、3D パターンの主ローブの上下に位置する「ボウル」を輪切りにしてできたものです。これらのローブは主ローブのピークより 14 dB 低くなっています。それでも方位角平面パターンは依然として良好に保たれて、ダイポールと同様の円形パターンになっているにもかかわらず、仰角平面パターンは大幅に狭くなっていることに注意してください。これによって、電力放射の指向性が高まっていることと、結果としてゲインが高くなっていることが分かります。 図 4 および 5 に示すように、ダイポールその他すべてのオムニ アンテナの目的は、 1 平面でエネルギーをすべての方角に均等に放射することにあります。ダイポール アンテナとコリニア アレイ アンテナでは、全方向性平面が方位角平面(床面や地面)となるように意図されています。このため、パターンの表示方法は重要ではありません。既によく知られているように、仰角平面パターンは常に方位角平面パターンに垂直になります。曲線の方向は、主に計測システムに設置されたアンテナの方向によって決められ、他の要因は関係しません。そのため、仰角平面の表示が図 6a あるいは 6b のいずれであっても、ダイポール アンテナやオムニ アンテナが垂直方向に向いている場合は、アンテナが全方向に水平に放射していることが分かります。 指向性アンテナ指向性アンテナはカバレッジのほか、ポイントツーポイント リンクにも使用されます。パッチ アンテナ、パラボラ アンテナ、ホーン アンテナなど、さまざまな種類があります。すべてのアンテナの目的はひとつであり、それはエネルギーを特定の方向に放射することです。 パッチ アンテナ パッチ アンテナの最も単純な形態は、1 枚の四角形(または円形)の伝導板を接地板上に間隔をあけて取り付けたものです。パッチ アンテナには薄型で製造が容易という魅力があります。 単一パッチによる放射パターンは、1 つの主ローブが中程度のビーム幅を持つことが特徴です。方位角平面のビーム幅と仰角平面におけるビーム幅が似かようことが多く、かなり円形に近いビームを得られますが、必ずそうなるわけではありません。要件に応じて、アンテナを製造する際にゲインを上げたり下げたりしてビーム幅を操作できます。単一のパッチからなるアンテナの最大ゲインは約 9 dBi もしくはこれを少し下回ります。 図 7 にこのタイプのアンテナがいかに単純な構造であるかを示します。これは四角形の接地板の上に取り付けただけの単純な四角形のパッチです。放射パターンにはパッチ アンテナの典型的な特徴が現れています。かなり幅の広いビームを持つ主ローブが 1 つあり、浅いヌルがアンテナから上下しながら発生しています。他には、特にこれといった特徴はありません。図 7 に示した例では、設計の狙いが平面パターンの対称性よりもゲインの高さにあります。ゲインは約 8.8 dBi あり、方位角平面のビーム幅は 70 度、仰角平面のビーム幅は 57 度です。これは単一パッチからなるアンテナとして一般的なビーム幅です。 方位角平面パターンと仰角平面パターンは 3D 放射パターンを輪切りにするだけで得られます。このケースでは、x-z 平面で輪切りにすると方位角平面パターンに、y-z 平面で輪切りにすると仰角平面パターンになります。アンテナ前部から放射される主ローブが 1 つしか存在しないことに注意してください。(このケースでは)仰角平面には 3 つのバック ローブがありますが、最も強いローブは主ローブのピークの 180 度後方に生じます。その結果、前後電解比は約 14 dB になっています。すなわち、このアンテナにおけるピーク ゲインの 180 度後方のゲインは、ピーク ゲインより 14 dB 低くなります。 繰り返しますが、これらのパターンの上下、左右の向きは重要ではありません。なぜなら、通常は測定システムの不自然な計測結果によるものです。パッチ アンテナはエネルギーをアンテナ前方から放射します。これがそれぞれのパターンの真の方向を決定します。 パッチ アレイ アンテナ 一般的にパッチ アレイ アンテナとは、すべてが同一の電源から給電される複数のパッチ アンテナを配列したものを指します。図 8 で示すような、複数のパッチを規則正しく縦と横に配列(四角に配列)する形がよくとられます。このような配置にする理由はゲインの高さにあります。通常、ゲインが高くなるとビーム幅が狭くなりますが、パッチ アレイ アンテナはまさにそのケースです。ここで示すアレイ アンテナのゲインは約 18 dBi で、方位角平面と仰角平面のビーム幅は約 20 度です。バック ローブが非常に小さいことと、前後電解比が約 30 dB であることに注意してください。ファースト サイド ローブはピークより 14 dB 下がっています。 アンテナ パターンは、ピーク ゲインに対して標準化されることがよくあります。ピーク ゲイン(dBi 単位)は、曲線状のすべての点におけるゲインから単純に差し引かれ、パターンは新しい値で作図されます。このようなパターンは dB で表現され、0 dB がピーク ゲインに相当します。標準化したパターンは個々のレベルを読み取りやすいため、特にサイド ローブのレベルとヌルの深さに着目したい場合に役立ちます。ここで示すパッチ アレイ アンテナのパターンには十分なローブがあり、標準化したパターンを直交座標で見ると興味深い特徴があります。図 9 に方位角平面を極座標と直交座標で示します。図 10 は仰角平面を極座標と直交座標で示したものです。 サイド ローブのレベルは、直交座標で見るとよく分かります。方位角平面ではサイド ローブがピークより約 14 dB 低く、仰角平面では、ファースト サイド ローブのレベルが 14 dB 以上低くなっています。バック ローブがピークより 30 dB 低いことに注意してください。これは前後電解比が 30 dB であることを意味します。当然、これらのパターンが標準化されている場合は、どのパターン パラメータの絶対レベルを決定する場合でもピーク ゲインの値が必要です。サイド ローブの名称がすべての曲線に記載されています。下側のサイド ローブ(Lower Side Lobe)が、直交座標では主ビームの左側にあることに注意してください。これらの曲線では主ビームが 0 度に位置しています。そのため、主ビームのより下の数値にある場合は負の角度を意味し、主ビームのより上の数値にある場合は正の角度を意味します。 八木アンテナ 八木アンテナの仕組みは、ダイポールやダイポールに似た簡素なアンテナを給電し、長さと配置間隔が厳密に制御された適切な一連の非励振素子を利用してビームを形成するというものです。図 11 に示す八木アンテナは、輻射器(給電用アンテナ)1 本、反射器(給電用アンテナの後部にある棒)1 本、および 14 本の導波器(給電用アンテナの前部にある棒)で構成されています。この構成により、方位角平面と仰角平面で基本的に同一の約 36 度のビーム幅の約 15 dBi のゲインを得ることができます。これは八木アンテナの共通の特性です。このアンテナは多くの場合、水平偏波用にも垂直偏波用にも回転できるように設計されます。この点から、いずれの平面でも同じ 3 dB ビーム幅を持つことは優れた特性といえます。 この八木アンテナも、エネルギーを 1 つの主方向に放射する指向性アンテナです。この種のアンテナは筒の中に収められることが非常に多いため、アンテナの構成すべてをユーザが目にすることはないかもしれません。このアンテナの指向性は、その筒型の形態からも理解できます。このアンテナがライフルのように狙いを定めているところを思い浮かべてみてください。 セクタ アンテナ セクタ アンテナもしくは「セクタ パネル」は、どちらかというと特殊なアンテナで、広いカバレッジ エリアが求められる屋外のシステムでよく目にします。このアンテナでは、一定形状の反射器の前にダイポールが並んだ構成が多く見られます。反射器の大きさと形状がアンテナの性能の大部分を決定します。このアンテナの反射器は平らであることが多く、縁に沿っていくつか尾根状のものがあります。セクタ アンテナは方位角平面の3 dB ビーム幅で分類されるのが普通です。一般的に入手できるのは 60 度、90 度、120 度のセクタ アンテナです。セクタ アンテナは屋外の高い位置に設置されることが多く、それに応じてサイド ローブと前後電解比の要件が決まります。実際のアンテナを選択する際は、他のアンテナの有無や設置場所の高さが大きく影響する場合があります。 図 12 に、セクタ アンテナから得られたパターンをいくつかの 3D パターンを含めて示します。パターンが方位角平面で幅広く、仰角平面は非常に狭いことに注意してください。これがセクタ アンテナでは典型であり、このように仰角平面を圧縮して高ゲインを実現しているのです。このセクタ アンテナは、垂直アレイを形成する10 個のダイポールを、一定形状の反射器の前の効果的な位置に配置して構成されています。 これは、18 dBi の 90 度セクタ アンテナです。90 度セクタ アンテナと呼ぶのは、図 9e に示すように、方位角平面の 3 dB ビームが 90 度であるためです。このケースでは、仰角平面ビーム幅は約 12 度で、ファースト サイド ローブ(図 12 f の仰角平面)は約 14 dB 下がった点にあります。これらの主な平面パターンの向きが特定の方法で決まるわけではない点に注意してください。アンテナの役割が分かっている場合は、アンテナの方向を特定の方法で決める必要がありません。方位角平面は地面に対し水平、仰角平面は地面に対し垂直であるものとされています。 セクタ アンテナや全方向性アンテナの設置時に生じる問題の 1 つに、仰角平面にいくつかのヌルが存在し得るということが挙げられます。一般的には、ゲインが高くなるほどヌル(およびサイド ローブ)の数も増えます。アンテナをオフィスで使用したり、屋外の低い位置に吊り下げて設置する場合はほとんど問題にはなりません。設置場所を慎重に設定すれば、通常はどの場所でもすべての利用者にサービスを保証するのに十分な信号強度を得られます。しかし、アンテナを鉄塔などの屋外の高い場所に設置すると、これらのヌルがシステムのパフォーマンスに影響する可能性があります。 その問題を図 13 に図解します。セクタ アンテナを機械的に 5 度下方にチルトさせてあると仮定します。すると、図のように仰角平面パターンが実際に 5 度下方にチルトすることになります。これにより、アンテナの下の特定の区域がパターン内のヌルのエリアに入るため、信号強度の低いエリアが生じてしまいます。 実際に信号が地面に伝わる量によっては、「ヌルのエリア内」に位置するシステムのユーザが障害に直面する可能性があります。アンテナから離れるにつれて信号強度が低くなるだけでなく、低信号の領域が広がるため、アンテナから離れるほど問題は悪化します。主ビームよりも、サイド ローブのカバレッジで信号を受信するユーザが多いことにも注意してください。これは、重要な考慮事項です。 「ヌルを埋める」ことで、この問題に対応できるよう特別に設計されたセクタ アンテナがあります。ヌル点が埋まると、アレイ中の様々なアンテナ要素へのエネルギー分配が変わり、アンテナの「下」へより多くのエネルギーが放射されます。その結果、主ローブのピーク ゲインが広範囲で低下します。ピーク ゲインを維持するにはより多くの要素を追加する必要があるため、アンテナは物理的に大きくなります。「ヌルを埋める」セクタ アンテナの例を図 14 に示します。これは、Cisco® AIR-ANT2414S-R という 14 dBi の 90 度セクタ アンテナです。市販されている 90 度セクタ アンテナで2.4 GHz 帯向け商品の多くはこの製品より短く、「ヌルを埋める」機能を備えていません。このアンテナはゲインを比較的高く維持しつつ、「アンテナの下」のヌル、特にアンテナから遠方のカバレッジに影響する 1 番めと 2 番めの深いヌルを埋めるように設計されています。 「アンテナの下」に位置する仰角平面上の最初の 2 つのヌルがそれほど深くないこと、もしくは両方とも消えていることに注目してください。この結果、図 15 に示すように、カバレッジ外にいた可能性のあるユーザへの信号レベルを上げることができます。この図では、前述の図のようにアンテナが 5 度下方にチルトしている場合でも、アンテナから離れた地点にヌルによる影響が生じないことが分かります。まだ存在しているヌルは鉄塔近くの領域に生じ、影響を受ける範囲が狭くなるため、カバレッジの全体的な欠損が生じる可能性は低くなります。 まとめこの文書では、アンテナの基本的な定義、およびアンテナ パターンを分析する際に頻出する用語を解説しました。また、ゲインとビーム幅について定義し、前後電解比やサイド ローブ レベルなどのパターン パラメータについても説明しました。その中で、何種類かの一般的なアンテナの基本的機能を記しました。ダイポールやコリニア アレイのような全方向性アンテナが、1 平面上のすべての方向に、アンテナの垂直線から離れた場所まで電力を放射することを紹介しました。ゲインが増えると仰角平面上のビーム幅が減少し、ほとんどの場合サイド ローブの数が増加します。一般的に、パッチ アンテナや八木アンテナのような指向性アンテナは、アンテナの前方から電力を放射します。これらのケースでは、方位角平面と仰角平面の両方のパターンが重要になります。ゲインが増えると、特別に設計がなされていないなければ、方位角平面と仰角平面の両方のビーム幅が狭まる傾向があります。これは、仰角平面ビーム幅に対して方位角平面ビーム幅が大きくなりがちなセクタ アンテナの設計でよくあることです。 これらのアンテナの機能を理解することにより、アンテナ パターンを分析する際の混乱を防止し、「アンテナがどこを向いているのか」という、パターンを見る際に生じる疑問を解消できます。方位角平面と仰角平面のパターンの向きは、アンテナの機能が決定します。ユーザはパターンを任意の方向に向け、または「狙いを定め」、尚且つアンテナの性能を理解することが出来ます。 最後に、セクタ アンテナの解説の中で、ヌルとサイド ローブの影響の一部を図解しました。高所または鉄塔に設置した 2 種類のセクタ アンテナを示しました。1 つは仰角平面上のヌルに何も対策していないケースで、もう 1 つはヌルの中で最も影響の大きいものを埋めるように設計されたものです。仰角平面のヌルから生じる低信号レベルの領域を示しましたが、システムから最高のパフォーマンスを引き出すためには、アンテナの導入を慎重に行う必要があることが、ここからよくわかります。一般的なタイプのアンテナの基本的な定義と機能を理解すれば、最適なアンテナ導入を決定する際に役立ちます。 参考文献次の書籍は、定義および基礎理論に関する優れた参考書です。多少難解なアンテナ理論も数多く収録されています。 John D. Kraus、Ronald J. Marhefka 著『Antennas for all Applications』(McGraw-Hill 社、2002 年発刊) Constantine Balanis 著『Antenna Theory』(John Wiley & Sons 社、1997 年発刊) |