VoWLAN の設計に関する推奨事項
この章では、Voice over WLAN(VoWLAN)ソリューションを展開する際の設計上の考慮事項について詳しく説明します。WLAN 固有の設定は、使用されている VoWLAN デバイスおよび WLAN の設計によって異なります。この章では、Chapter 3, “WLAN RF の設計に関する考慮事項”で説明されている、VoWLAN の展開において一般に適用される主要な RF およびサイト調査に関する考慮事項についてより詳しく説明します。
主要な VoWLAN ソリューションであるソフトフォン アプリケーションは、多数のハードウェアおよびオペレーティング システム プラットフォームで使用できます。Cisco JabberTM アプリケーションにより、プレゼンスやインスタント メッセージ(IM)、音声、ビデオ、ボイス メッセージ、デスクトップ共有、および会議にアクセスできるようになります。スマートフォン、タブレット、ラップトップ用の Jabber ダウンロード、および Jabber の各バージョンの設計ガイドについては、『 Cisco Jabber 』を参照してください。
アンテナに関する考慮事項
VoWLAN のネットワーク要件は厳しさを増し、アンテナの選択など、WLAN の計画全般にわたって影響を及ぼしています。アンテナに関する主な考慮事項は次のとおりです。
- アクセス ポイント(AP)のアンテナの選択
- アンテナの配置
- ハンドセット アンテナの特性
AP アンテナの選択
シスコは、VoWLAN アプリケーション用に天井マウント アンテナを推奨します。天井マウント アンテナとアンテナ内蔵 AP は、すばやく簡単に設置できます。さらに重要な点は、アンテナの放射部分をオープン スペースに配置するため、信号の伝達と受信を最も効率的に行うことができます。アンテナを内蔵した Cisco AP は設置方法が最も簡単なうえ、内蔵アンテナにより、大半の設置に適した下り信号の伝達パターンを提供します。内蔵アンテナ ソリューションは、特に企業環境のオープン スペースへの設置に適しています。
シスコでは、さまざまな多入力、多出力(MIMO)デュアル バンド、デュアル放射素子全方向性アンテナおよび指向性(パッチ スタイル)アンテナを提供しています。これらの複数の素子アンテナは、最大比合成(MRC)などの IEEE 802.11n および 11ac テクノロジーや、ClientLink といったシスコ独自のパフォーマンス機能を有効活用するように設計されています。これらのテクノロジーは、(AP の複数のアンテナでキャプチャされた)クライアントの電話パケットを、より強力な単一の信号として結合します。結合された信号では、伝送される電話パケットと、一般的な 2.4 GHz または 5 GHz 帯域のノイズの間との、信号対雑音比(SNR)が向上します。MRC の重要な機能は、アップストリーム パケットのエラー レートを低減することです。Cisco AP では、複数のアンテナと 802.11 ClientLink ロジックを使用して、クライアント電話に高エネルギー パケットを配信することで、ダウンストリーム パケットのエラー レートを減らしています。これらの 2 つの機能により、個々の VoWLAN コールの平均オピニオン評点(MOS)値、および AP の Wi-Fi チャネルの全体的な容量が向上します。
シスコでは、すべてのアンテナを、金属などの高反射面から 1 ~ 2 波長離れた場所に配置することを推奨します。2.4 GHz の波長は 4.92 インチ(12.5 cm)で、5 GHz の波長は 2.36 インチ(6 cm)です。アンテナと反射面とを 1 波長以上離すことで、AP 無線での送信波の受信感度が向上し、無線送信時の null の生成を減らすことができます。802.11g/n および 802.11a/n/ac 仕様に採用されている直交周波数分割多重方式(OFDM)により、反射、null、およびマルチパスに関する問題が軽減されます。ただし、アンテナを適切に配置し、適切なタイプのアンテナを使用すると、より良好な結果が得られます。天井タイルそのものが、天井の上部領域に伝送され、カバレッジ エリアに反射して戻ってくる信号の緩衝材となります。
MRC の詳細については、 IEEE レポート をお読みください。
ClientLink の詳細については、以下を参照してください。
アンテナのタイプおよびフォーム ファクタにはさまざまなものがありますが、単体ですべての用途と場所に適したタイプはありません。各種アンテナの性能と製品番号の詳細については、『 Cisco Aironet Antennas and Accessories Reference Guide 』を参照してください。
シスコでは、同一の外部アンテナ ポートからデュアル バンド(2.4 GHz および 5 GHz)をサポートする AP にダイポール アンテナを接続する場合、Cisco Aironet ダイポール デュアル バンド AIR-ANT2524D シリーズのアンテナを使用することを推奨します。
Aironet ダイポール デュアル バンド アンテナには、次のような利点があります。
- 2.4 GHz および 5 GHz のデュアル バンドの同時送受信(デュアル バンド全方向性およびパッチ アンテナと同じ)をサポートします。Aironet ダイポール デュアル バンド アンテナのゲインは、2.4 GHz 帯域で 2.2 dBi、5 GHz 帯域で 4 dBi です。
- 小型であり、黒やグレー、白などの無彩色で提供されます。
- 連結式の回転する台座が付属します。
アンテナの方向
シスコでは、 複数のアンテナを持つ AP の場合、すべてのアンテナを同じ方向に向ける ことを推奨します。
(注) 図 9-1 で示すように、多くのマーケティング素材では AP のアンテナがさまざまな方向に向けられた様子が示されていますが、シスコではこの慣例はお勧めしません。
図 9-1 アンテナがさまざまな方向に(誤って)向けられた AP
MRC と ClientLink の最適なパフォーマンスは、図 9-2 で示すように、AP のすべてのアンテナが同じ向きに配置されている場合に得られます。
図 9-2 アンテナが同じ方向に(正しく)向けられた AP
AP の 4 本すべてのアンテナを均一な直立ポジションにすることで、単一の空間ストリームによる 802.11n スマートフォンを使用する場合、カバレッジ セルの総合スループットが 2 Mbps 増加します。
一般的な推奨事項
Wi-Fi カバレッジ セルの帯域幅、およびクライアント アプリケーションのパフォーマンスを最適化するため(あらゆる形式のダイポール アンテナ タイプの場合)、シスコでは次のことを推奨します。
- AP の各アンテナ ポートにアンテナを取り付ける。
- 各ポートに同じモデルのアンテナを取り付ける。
- 各アンテナを同じ向きにする。
AP、および AP で実行されるプロトコルは、MRC および ClientLink を中心として設計されています。上記の推奨事項に従ったアンテナ システムを使用することで、このテクノロジー、および AP ハードウェアへの投資を最大限に活用できます。
ゲインの高いアンテナは、信号を水平面に広く拡散させる可能性があり、これにより、多くのノイズを拾う大規模なセルが作成されます。この結果、信号対雑音比(SNR)が低くなり、パケット エラーの比率が高まります。SNR は、次の条件によって定義されます。
- 信号:ある無線から送信され、中断されずに別の無線によって受信できる放射エネルギー。すなわち、Wi-Fi では、送信無線によって、受信無線がデコード可能な 802.11 プロトコルのパケットが送信されます。
- ノイズ:受信無線の周波数範囲内の送信エネルギーのうち、その無線でデコードできないもの。
プロトコル パケットと背景雑音の間のエネルギーの差が大きいほど、プロトコル パケットを適切に受信することができ、パケット エラー レートおよびビット エラー レートが減少します。カバレッジ エリアの設計では、複数のチャネルを使用して、高い音声通話容量を維持しつつ、パケット エラー レートを最低限に抑えます。
ゲインの高いアンテナを使用すると、カバレッジ エリアが増えるため、Wi-Fi チャネル上のコール数も減少します。音声の場合、人間の頭と体によって 5 dB の信号が減衰するため、壁面マウント パッチよりも天井マウント アンテナが推奨されます(図 9-3 を参照)。天井マウント アンテナは、人間の頭と体による減衰を防ぐように、多くの壁面マウント アンテナより適切に配置できます。
図 9-3 頭と体による減衰
アンテナの配置
天井マウント アンテナでは通常、携帯電話へのより適切な信号パスが使用されます。頭などの障害物による減衰があるため、推奨されるカバレッジ セル サイズでは信号損失が考慮されます。アンテナのゲインは相反的なものであることを理解しておくことが大切です。ゲインは受信と送信の両方で平等に適用されます。アンテナ ゲインは、送信電力の増加を表すものではありません。送信電力を発生させるのは無線です。アンテナは、パッシブ デバイスにすぎません。ゲインは、無線信号の焦点を、ある方向、平面、およびビーム幅に合わせることで導出されます。懐中電灯の反射器によって、電球から放射される光の焦点が合わせられるのと同じです。
WLAN RF 計画の詳細については、Chapter 3, “WLAN RF の設計に関する考慮事項”を参照してください。
ハンドセット アンテナ
電話本体にアンテナが内蔵されている電話機については、ユーザの電話の持ち方によって 4 dB の信号減衰が起こることがあります。手でアンテナを覆って頭で電話を支えた場合には、9 dB の信号減衰が起こることがあります。一般的に、屋内での展開の場合は、信号が 9 dB 減衰するごとにカバレッジ エリアは半減します。図 9-3 では、頭で支えた場合のハンドセットからの放射電力の違いの例を示しています。
一般的なスマートフォンおよびタブレット コンピュータの Wi-Fi アンテナ システムの dB ゲインはマイナスです。一般的なスマートフォンのアンテナでは -3 または -4 dBi です。一般的なラップトップのゲインは 0~2 dBi のプラスです。アンテナ ゲインの違いは、同じ AP でのスマートフォン、タブレット、およびラップトップ間のカバレッジ エリアの違いに反映されます。スマートフォンやタブレットで最高のアプリケーション パフォーマンスを実現するには、スマートフォンやタブレット自体の Wi-Fi 機能に合った AP チャネル カバレッジを設計する必要があります。スマートフォン、タブレット、ラップトップと AP との間で最適なリンク品質を実現するためには、ClientLink が有効な状態で AP が動作する必要があります。ClientLink は、Cisco ワイヤレス LAN コントローラ(WLC)によってデフォルトで有効になっています。
チャネルの使用率
802.11、802.11b、802.11n-2.4 GHz、および 802.11n のプロトコル仕様では、同じ 2.4 GHz 帯域が使用されるため、これらのプロトコルの間に相互運用性があります。この相互運用性によって、802.11 保護プロトコルのロジック オーバーヘッドが増加し、チャネルのスループットが減少します。多くのサイトには、すでに 2.4 GHz 帯域の Wi-Fi 周波数を使用している製品がありますが、同じ周波数を使用するデバイスは他にも多数あります。たとえば、Bluetooth 機器、コードレス電話、ビデオ ゲーム コントローラ、監視カメラ、電子レンジなどです。2.4 GHz 帯域が混雑していることやチャネル割り当ての制約から、シスコでは、新たに VoWLAN を展開するときには 5 GHz Wi-Fi 帯域を使用することを推奨します。5 GHz で使用可能なチャネルは通常、ほとんどのサイトではそれほど多用されていません(図 9-4 を参照)。VoWLAN トラフィックに 5 GHz の UNII-2 チャネルを使用する場合、レーダーが存在してはならないことが重要となります。したがって、すべての新規サイトでは、特定の UNII-2 チャネルを設定でブロックすべきかどうかを判断するための追加テストを実施することを推奨します。このテストを実施する理由は、AP が標準使用時にレーダーを検知した場合、レーダー信号が存在しなくなるまで、AP はこのチャネルを離れなければならないためです。
図 9-4 2.4 GHz のチャネル使用率レポート
Cisco Unified Wireless Network をインストールする前に、AirMagnet、Wild Packets、Cognio などのツールを使用して、チャネルの干渉および使用率をテストできます。設計プロセスを支援するために、Cisco Prime Infrastructure によって生成される AP オンデマンド統計表示レポートは、次のようなスペクトル概要を提供します。
- クライアント数と RSSI との比較
- クライアント数と SNR との比較
- チャネル使用率
ALOHAnet プロトコルでは、チャネル使用率が 33 % に到達すると、この無線チャネルを満杯と定義します。これは、チャネルがビジー状態であるため、パケットが送信できるようになるまでオープンなタイム スロットを待機する必要があることを意味します。図 9-4 で示したとおり、チャネル使用率が 46 % になると、チャネル使用率に関する、無線パケット化された ALOHA 標準を超えてしまいます。
2.4 GHz 帯域のチャネル使用率を減らすため、レガシー デバイスがクライアント構成に含まれていない場合は、クライアントを 5 GHz に移動して、レガシーである 1 Mbps および 2 Mbps のデータ レートを 2.4 GHz の構成から削除することを推奨します。
動的周波数選択(DFS)および AP の 802.11h 要件
米国の連邦通信委員会(FCC)、欧州電気通信標準化機構(ETSI)、およびその他の監督機関は、無線周波数の使用に関するそれぞれの要件を定めています。5 GHz 帯域の一部は、現在(過去においても)、気象レーダーなどで使用されています。ほとんどの 5 GHz レーダー システムでは、一般に波長の短い高周波数を使用していますが、一部の Wi-Fi 周波数と 5 GHz UNII-2 帯域を重複して使用するシステムも存在します。2006 年に FCC は 5.470 ~ 5.725 MHz 帯域範囲をライセンス不要の用途に開放しました。これらの周波数が新たに使用可能になったことで、 干渉のない AP の設定を管理することが必要になりました。AP では、(通常、軍事、衛星、気象観測所から来る)レーダー パルスを定期的に監視し、レーダーが探知された場合は動的周波数選択(DFS)を使用して、自動的に クリーン チャネルに切り替える必要があります。
レーダーが探知された場合、システムで次のことを実行する必要があります。
- 200 ミリ秒以内にパケット伝送を中止
- 10 秒以内に制御伝送を中止
- 30 分間、このチャネル上での伝送を回避
- 伝送前に 60 秒間、新規チャネルをスキャン
UNII-2 帯域のレーダー回避要件によって音声通話の品質に影響が及ぶ場合があるため、音声アプリケーションを稼働させる前に、レーダーのテストを実施することが求められています。Cisco Spectrum Expert は、特定のチャネルでレーダーの存在をテストするための優れたツールです。Spectrum Expert によるテスト中にレーダーが探知された場合は、該当するチャネルをブロックするように AP を設定できます。
5 GHz 帯域のチャネル
DFS 要件には、従来の 4 つの UNII-2 チャネル(52 ~ 64)と、8 つの新しいチャネル(100 ~ 116 と 132 ~ 140)が含まれます。5 GHz 帯域には現在 20 のチャネルがあります。これらのチャネルは重複しないため、すべて同じ場所に配置できます。2.4 GHz には、重複しないチャネルは 3 つしかありません。1 つのカバレッジ エリアに共存配置チャネルを許容する設計により、カバレッジ エリアで取得可能なコール数が集約されます。
(注) 現在の法規制に関する情報については、シスコの Web サイトをご覧ください。また、自国で許可されている周波数については、各国の法的機関にお問い合わせください。
チャネルベースの設計は、図 9-5 に示すように、単一フロアに水平に実装できます。
図 9-5 単一フロアのチャネル設計
図 9-6 で示すとおり、複数フロア設計では、フロア間で垂直にチャネルを分離して、同一チャネル干渉を減少させることができます。
図 9-6 垂直チャネル分離
コール キャパシティ
Wi-Fi チャネルのコール数は、さまざまな要因によって制限されます。まず、シールド付きツイストペア CAT 5 ケーブルとは異なり、AP および VoWLAN クライアントによって使用される RF スペクトルは、電磁干渉からシールドできません。Wi-Fi でセグメンテーションに最も近いのは、チャネル分離です。802.11 のオープンな共有 RF スペクトルは、高パケット損失の原因となることがあります。このようなパケット損失の大部分には、802.11 フレームを再送することで対処しますが、その結果としてジッターが発生します。図 9-7 では、パケット損失の関係を平均オピニオン評点(MOS)として示しています。
図 9-7 実際のパケット損失の図
802.11ac および 802.11n-2.4 G 仕様では、最高のカバレッジ エリアは最低のデータ レート(6 Mbps)で得られます。どのような電力レベルの場合でも、最も低いパケット エラーは 6 Mbps です。
許容可能な音声のカバレッジ エリアは、5 % 以下のパケット エラー レートが維持される領域です。MOS スコアは次のようにランク付けされています。
- 4.4:最も高い MOS スコア
- 4.3 ~ 4.0: 非常に満足 から 満足
- 4.0 ~ 3.6: 一部のユーザにとって満足
図 9-7 は、5 % のパケット エラー レートによって MOS が低下し、通話の質が 一部のユーザにとって満足 できるレベルになった例を示しています。
電話のカバレッジ エリアのエッジは、そのカバレッジ エリアの MOS 評価が 非常に満足 であるというカテゴリに当てはまる場所です。本書では、こうしたカバレッジ エリアのエッジを セル エッジ と呼びます。複数の電話クライアントやデータ クライアント同士の干渉や同一チャネル干渉、その他の説明のつかない干渉が発生する可能性があるため、音声に対しては、パケット エラー レートが 1 % のセル エッジが必要です。セル エッジおよびカバレッジの設計については、この章の他のセクションで詳しく定義されています。
802.11 および 802.11b で従来の 2.4 GHz Wi-Fi クライアントをサポートする必要がない場合は、1、2、5.5、および 11 MHz のデータ レートを無効にすることを推奨します。
これらのレートを無効にする場合は、1 つ以上の 802.11n-2.4 GHz データ レートを 必須 に設定する必要があります。シスコでは、6 MHz のデータ レートを必須に設定することを推奨しますが、これはセル サイズ設計要件によって異なり、場合によっては高ビット レートを使用する必要があります。可能な場合は、802.11b/g の混在ネットワークではなく 802.11n-2.4 GH のみのネットワークを構築することを推奨します。ほとんどのデータ クライアントおよび電話クライアントは、AP からビーコンとプローブ応答でアドバタイズされたデータ レートを認識します。したがって、クライアントは、AP によってアドバタイズされた必須データ レートで、管理、制御、マルチキャスト、およびブロードキャスト パケットを送信します。また、ユニキャスト パケットを AP によってアドバタイズされた任意のデータ レートで送信できます。一般的に、ユニキャスト パケットは、AP とクライアントの間のリンクに対して最も信頼性の高いレートを提供できるデータ レートで送信されます。Cisco AP は、ClientLink ごとに固有のデータ レートでユニキャスト パケットを送信できます。
パケットの受信において、SNR を考慮することは重要です。受信無線は、AP 無線または電話無線のいずれかです。多くの場合、SNR はリンクの両方の無線で同じではありません。AP、およびセル エッジで SNR とマルチパス干渉を考慮する必要があります。パス損失は、リンクの両端で同じであると想定できます。
音声アプリケーションに対しては、実際の電話機を使用して、希望するデータ レートでセル エッジを設定することを推奨します。Wi-Fi アプリケーションにおいて AP と電話の間で送信される音声パケットは通常、標準サイズ 236 バイトのユニキャスト Real-time Transport Protocol(RTP)G.711 パケットです。RTP パケットは UDP および IP プロトコルに基づいているため、RTP はコネクションレス型です。通話の信号強度、SNR、データ レート、およびエラー レートは、Autonomous AP またはコントローラベースの CAPWAP AP 上の AP 統計から確認できます。
シスコでは、アクティブ コールでカバレッジ テストを行うことを推奨します。双方向コールにより、ClientLink のダウンストリーム(AP からクライアントへ)のパケット サイズおよび、ユニキャスト パケットのタイプが決定されます。アップストリーム(クライアントから AP)では、AP 上で処理を行う MRC のパケット サイズおよびユニキャスト パケットのタイプが決まります。クライアントのセル エッジの範囲をテストする場合、シスコでは同じ場所から同じ AP に対してスマートフォン、タブレット、ラップトップ モデルの組み合わせをテストすること、またすべてのクライアントに同じ面積を使用することを推奨します。これは、すべての電話で同じスペースを共有できないために、電話機が同時にテストされないことを意味します。
図 9-8 では、2.4 GHz および 5 GHz の電話での、クライアント セル エッジの dBm 値の例を示します。
図 9-8 クライアント エッジの RSSI が -67 dBm で SNR が 59 dB の場合
図 9-9 では、デコードされたオーディオ G.711 RTP パケットを示します。Cisco 7960 卓上電話から発信されたこのパケットは、AP から VoWLAN のエンドポイントへのダウンストリームです。Over-the-Air QoS マーキングは、802.11e 仕様に従い、QoS ベースライン マーキング 5 からユーザ プライオリティ 6 に変更されます。Cisco 電話のコール統計は、電話機上で見ることができます。また、電話機の IP アドレスを使用して、電話機内を参照しても見ることができます。セル エッジの dBm 値はその後、より調査に適したツールのベンチマーク値として使用できます。自動調査ツールにより、サイトのカバレッジ設計を効率化できます。
図 9-9 VoWLAN キャプチャのサンプル
信号レベルが測定されている場所でマルチパス干渉がある場合は、報告される値がパケットごとに変動する可能性があります。パケットの信号レベルは、前のパケットより 5 dB 程度上下する可能性があります。所定の測定場所での平均値が算出されるまでに、数分かかることがあります。
AP コール キャパシティ
VoWLAN 展開の計画プロセスの鍵となる部分が、AP ごとの同時オーディオ ストリーム数の計画です。
(注) 同じ AP に関連付けられている 2 つの電話間のコールは、2 つのアクティブなオーディオ ストリームとみなされます。
AP のオーディオ ストリーム キャパシティを計画する際は、次の点を考慮してください。
- 免許不要の(共有)802.11 チャネルの使用率によって、AP が伝送できる同時オーディオ ストリーム数が実際に確定されます。
- チャネルの使用率と AP のパフォーマンスによってオーディオ ストリーム数が決定されるため、同じチャネルと次のチャネルの分離が非常に重要になります。2 つの AP が同じ場所にあり、同じチャネルで動作していても、オーディオ ストリーム数は 2 倍にはなりません。実際、AP が 1 つの場合よりもオーディオ ストリームが少なくなることがあります。
- 同時に実行可能なオーディオ ストリーム数を決定するのは、セル キャパシティまたは帯域幅です。
- ハンドセットおよび VoWLAN 展開でサポートされている QoS 機能を考慮する必要があります。
- ハンドセットにはさまざまな種類があり、それぞれ多様な WLAN QoS 機能を備えています。これらは WLAN 展開で有効化されている各機能に影響を与え、最終的には AP ごとの音声通話のキャパシティを決定します。ほとんどの VoWLAN ハンドセットでは、その電話でサポートされる AP あたりのコール数についての指針が示されています。ただし、それはハンドセットで最適な QoS 機能を使用でき、チャネル キャパシティにフル アクセスできる最良のケースでの値を示していると考える必要があります。
チャネルでサポート可能な実際のオーディオ ストリーム数は、環境要因やクライアントでの Wi-Fi Multimedia(WMM)仕様の遵守など、多数の問題に大きく依存します。
表 9-1 は、Cisco Compatible Extensions がどのように VoWLAN コールの質の向上に役立つかを示します。
表 9-1 Cisco Compatible Extensions による VoWLAN の質の向上
Cisco Compatible Extensions によって生じる VoWLAN の質に関する利点
|
|
|
EAP タイプの CCKM サポート |
クレデンシャルがローカルにキャッシュされるため、高速なローミングが可能 |
不定期自動省電力配信(U-APSD) |
チャネル キャパシティおよびバッテリ寿命の拡張 |
TSPEC ベースのコール アドミッション制御(CAC) |
ローミングおよび緊急通話に対するコール キャパシティの管理 |
音声メトリック |
より適切な、より多くの情報に基づくトラブルシューティング |
ネイバー リスト |
クライアント チャネルのスキャンを低減 |
ロード バランシング |
AP 間でのコール分散 |
ダイナミック伝送パワー コントロール(DTPC) |
クライアントが伝送時の電力を学習 |
経由ローミング |
高速なレイヤ 2 ローミング |
表 9-1 から、次のことがわかります。
- Cisco Centralized Key Management(CCKM)は Extensible Authentication Protocol(EAP; 拡張可能認証プロトコル)認証クライアントに高速クライアント ローミングを提供し、これによって音声通話の質が向上します。
- コール アドミッション制御(CAC)によって音声通話の質が向上し、E911 およびローミング コール用の帯域予約を作成できます。
- 経由ローミングおよびネイバー リストによって、音声通話の質が向上し、バッテリの寿命が延びます。
- 音声メトリックは管理に役立ちます。
- 不定期自動省電力配信(U-APSD)およびダイナミック伝送パワー コントロール(DTPC)によってバッテリの寿命が延びます。
- ロード バランシングおよび DTPC によって音声通話の質が向上します。
Cisco Compatible Extensions プログラムでは、Cisco Aironet 無線インフラストラクチャ製品、およびサードパーティ製ワイヤレス クライアント デバイスをサードパーティによって検証します。Cisco Compatible Extensions 機能には、さまざまな利点があります。
バッファ メモリの量、CPU 速度、および無線品質は、AP 無線のパフォーマンスを決める主要な要因です。QoS 機能により、チャネル内の音声およびデータ トラフィックの優先順位付けが行われます。QoS の詳細な説明については、Chapter 5, “Cisco Unified Wireless QoS、AVC および ATF” を参照してください。
802.11e、WMM、および Cisco Compatible Extensions 仕様では、負荷を分散して、セルがオーディオ ストリームで過負荷にならないようにすることができます。CAC は、通話を開始するために十分なチャネル キャパシティがあるかどうかを判断します。ない場合、電話は別のチャネルをスキャンします。U-ASPD の主な利点は、WLAN クライアントの電力を節約することです。これには、WLAN クライアントからのフレーム送信時に、AP にバッファされているクライアント データ フレームが転送されるようにし、電力節減を実現します。ネイバー リスト オプションでは、近隣 AP のチャネル番号とチャネル キャパシティを示すリストが電話に提供されます。これによって音声通話の質が向上し、高速ローミングが実現し、バッテリの寿命が延びます。
セル エッジの設計
802.11b/g/a VoWLAN ハンドセットに関するシスコのガイドラインでは、セルの境界線の最小電力を -67 dBm にする設計が推奨されています(図 9-10 を参照)。これにより、以前に設計されたデータ WLAN で使用されていたセルよりも小さいセルが作成されます。-67 dBm のしきい値は、パケット エラーを 1 % にするために一般的に推奨される値ですが、そのためには SNR 値を 25 dB 以上にする必要があります(この要件には、ローカルなノイズ条件が影響します)。したがって、特定の電話タイプの見込みチャネル カバレッジ エリアを決定する場合は、AP によって提供されるクライアント統計を使用して、電話で計測される信号強度とノイズの両方を検証する必要があります。Autonomous AP および CAPWAP AP 上でのこれらの値の決定については、 表 9-1 を参照してください。
-67 dBm という信号強度の測定値は、802.11b 準拠の電話のベンダーで長年にわたって使用されてきました。テストの結果、同じ一般的な測定ルールを 802.11g/n および 802.11a/n/ac 準拠の電話のクライアントにも適用できることが確認されています。
図 9-10 セル エッジの測定
(注) 図 9-10 で示した -86 dBm の分離は、簡略化されたものであり、理想的と考えられます。ほとんどの配置においては、このような 19 dBm の分離を実現することができません。最も重要な RF 設計基準は、-67 dBm のセル半径と、セル間の 20 % の推奨オーバーラップです。これらの制約を遵守して設計することによって、チャネルの分離が最適化されます。
5 GHz セルの場合、重複しない利用可能なチャネル数から考えて、同一チャネルの分離に関して考慮しなければならないことはあまりありません。802.11ac の 5 GHz 帯域にはチャンネルが 20(日本の場合は 19)あるため、ほとんどの場合に 2 チャネル分離が可能です。対照的に、2.4 GHz 帯域では、周波数がオーバーラップしないチャネルは 3 つしかありません。
5 GHz および 2.4 GHz 帯域の両方で、セル エッジを、指定チャネルに必要な最高データ レートでパケット エラー レートが 1 % に維持されるようなフロア レベルに配置する必要があります。空間ストリーム クライアントが 1 つの 2.4 GHz 帯域では、802.11n のデータ レートは 72 Mbps です。
チャネル幅が 40 MHz で空間ストリーム クライアントが 1 つの 5 GHz 帯域では、802.11n クライアントのデータ レートは 150 Mbps です。Jabber などのソフトフォン アプリケーションを実行するラップトップでは、3 つの空間ストリームをサポートできます。また、チャネル幅 40 MHz の 5 GHz 帯域で 450 Mbps のデータ レートをサポートできます。802.11ac クライアントおよびチャネル幅が 20 MHz で 1 つの空間ストリームをサポートしている 802.11n クライアントは、80 MHz 幅のチャネル上で 802.11ac の 3 つの空間ストリーム クライアントと、チャネル幅が 40 MHz の Wi-Fi チャネル アクセスを共有できます。
このような、クライアントの混在とプロトコルの混在は、802.11 仕様の一部です。このような、同じ Wi-Fi 周波数にクライアントが混在する場合の互換性は、802.11n および 802.11ac 仕様の一部です。
設計上の主な疑問として、帯域幅とコール キャパシティのカバレッジ エリアをどのように定義するかというものがあります。音声コール キャパシティは、802.11n-2.4 GHz と 802.11ac の場合と同様に、802.11n と 802.11ac でほぼ同じです。これは、AES 暗号化が 300 バイト未満である音声の G.711 または G.722 フレームのパケット サイズによるものです。このような小さなパケット サイズ、および 802.11 仕様の ACK ロジックにより、大型のストリーミング アプリケーションと比較して大きなオーバーヘッドが生成されます。ビデオ通話からは、小さな音声パケットと大きなビデオ パケットの両方が生成されます。ビデオ パケットは圧縮率が大きいため、音声に比べて間隔が空きます。シスコではガイドラインとして、カバレッジのセル エッジを確立することを推奨します。AP 上の電話の RSSI 値が -67 dBm の場合の、AP からの距離を測定します。
802.11n-2.4 GHz and 802.11ac の電話クライアントは、最大 54 Mbps のレートに対応できます。最新のチップ セットは多数のレートをサポートしていますが、送信電力機能が異なります。シスコでは、電話クライアントと AP の間のすべてのリンクを、適合する送信電力レベルで確立することを強く推奨します(送信電力の動的コントロールを参照)。
特定のデータ レートに対してカバレッジ セルを作成できます。高密度展開や、狭いフロア空間に多数のコールが必要な展開では、チャネル数および 54 Mbps というデータ レートを考慮して、802.11ac が推奨されます。802.11ac で低いデータ レートを無効にして、データ レート 24 Mbps を 必須 に設定し、36 ~ 54 Mbps のレートをそのまま有効にしておくことができます。
セルの境界を -67 dBm に設定した後、1 % のエラー レートが発生している場所を特定して、SNR 値を確認します。
-67 dBm のセル エッジは、次の手順で決定します。
- 電話を、必要な送信電力に設定します。
- AP を、一致する送信電力に設定します。
- AP と必要なアンテナを、電話を使用する場所に設置します。
- アクティブなコールを使用して、または G711 コーデックと同じサイズのパケットを送受信する間に、-67 dBm セル エッジへの信号レベルを測定します。
特定の電話端末のデータ シートで、特定の Wi-Fi 帯域においてその電話端末でサポートされている送信電力レベルとデータ レートをよく確認します。詳細については、『 Data Sheets for Cisco Unified Wireless IP Phones 』を参照してください。
2.4 GHz の最大送信電力レベルは、チャネルおよび AP のモデルによって異なります。5 GHz の最大送信電力レベルは、モデルによって異なります。Cisco Aironet AP のデータ シートで、どのモデルの AP がどのデータ レートに対応しているかをよく確認する必要があります。図 9-11 では、チャネルごとの 5 GHz の最大送信電力の例を dBm 単位で示します。
図 9-11 チャネルの電力の割り当て
5 GHz 帯域での最大許容送信電力は、6 dB ほども変動します。これは、すべてのチャネルが使用可能なサイトで最大許容送信電力を使用する場合、すべてのチャネルのセル カバレッジが同じになるわけではないことを意味します。また、動的なチャネル選択が使用されている場合、セル カバレッジ エッジはチャネル数によって変化する可能性があることも意味しています。ただし、動的なチャネル選択は調整可能です。動的なチャネル選択のデフォルト モードでは、チャネルごとの最大送信電力レベルの相違に対応します。
すべての AP 上のセル送信電力は、電話の最大または希望送信電力を超えてはなりません。電話の最大送信電力または設定した送信電力が 13 dBm の場合、すべての AP の最大送信電力を 13 dBm とすることが推奨されます。したがって、AP の最大送信電力を同じレベルに設定するか、それが不可能であれば、次に大きい送信電力レベルに設定する必要があります。片通話を避けるために、同じ送信電力に設定することが推奨されます。一般的に、AP は電話よりも受信感度およびダイバーシティが優れているため、若干低い強度の電話信号でも受信できるはずです。同じ送信電力の詳細は、「送信電力の動的コントロール」を参照してください。
デュアル バンド カバレッジ セル
Chapter 3, “WLAN RF の設計に関する考慮事項”で、2.4 GHz と 5 GHz 帯域のチャネル カバレッジ設計について説明しました。2.4 GHz チャネルと 5 GHz チャネルの両方で同じセル カバレッジを提供する従来のデュアル モード AP の場合、2.4 GHz チャネルの送信電力は 5 GHz チャネルと同じ(通常はそれ以下)である必要があります。ほとんどのサイトで、SNR 式の 5 GHz のノイズ レベルは最大で 10 dB 低くなります。一般に、802.11n 無線の受信感度は、802.11ac 無線での同じデータ レートと比較した場合、1 dBm 優れています。たとえば、Cisco 8821 電話機のデータ シートでは、データ レート 36 Mbps での受信感度は、802.11n の場合は -84 dBm で、802.11ac の場合は -83 dBm となっています。したがって、ノイズ フロアの予想値を 10 dB 下げると、802.11ac セルの感度は 8 dBm 向上します。802.11n-2.4 GHz と 802.11ac のパス損失の違いなどのその他の詳細も影響するため、実際の受信感度は必ずしもこれに一致しません。ただし、同じカバレッジ セルを希望する場合は、802.11n-2.4 GHz ネットワークの電力レベルを 802.11ac ネットワークよりも 1 または 2 レベル引き下げる必要があります。第 3 章では、AP2800/3800 モデルに同梱されている新しい Flexible Radio ハードウェアについても説明しています。このハードウェアと RRM FRA アルゴリズムにより、2.4 GHz カバレッジ バランスが大幅に改善するとともに、同一チャネル干渉が減少します。ハードウェアの柔軟な特性以外の、デュアル バンド AP と電力に関するアドバイスはどれも同じです。2.4 GHz と 5 GHz の両方の帯域で稼働している AP のみにこのハードウェアを適用することになるためです。
送信電力の動的コントロール
Cisco Aironet AP では、デフォルトでダイナミック伝送パワー コントロール(DTPC)が有効になっています。DTPC は Cisco WLC では自動化されていますが、Autonomous AP 上では設定が必要です。
DTPC の目的は、AP とクライアント Wi-Fi 無線の間の送信電力の不均衡により、片通話が生じる可能性を減らすことです。DTPC は、これを次の方法で実現します。
- 電話の送信電力を AP の送信電力と一致するように設定する
- クライアントが学習できるように、AP に送信電力をアドバタイズさせる
DTPC により、電話の送信電力を AP の送信電力に自動的に一致させることができます。図 9-12 に示す例は、電話の送信電力レベルが 5 mW から 100 mW に変更されることを意味します。
図 9-12 クライアントと AP の電力の一致
802.11 のライセンス要件では、クライアントが最小送信電力を規定することは必須ではありません。また、規制で許容される最大送信電力を使用する Wi-Fi デバイスはごく小数です。一般的な Wi-Fi デバイスでは、最大送信電力は 100 mW 以下です。これは、AP とクライアントが互いにアソシエートして接続している場合、AP とクライアントの電力レベルを一致させることは Wi-Fi 仕様において必須ではないためです。アソシエーション中、互いにアソシエートされているにもかかわらず、両者が短時間だけ互いのカバレッジ エリアから外れる可能性は常にあります。アクティブなコール中にこのような事態が発生すると、音声が失われます。アクティブなコール中の互いの送信電力レベルが等しくない場合にも、音声が失われます。AP と電話の接続維持に役立つ 802.11 メカニズムはいくつかあり、そのうちの 1 つが、より低速のデータ レートをネゴシエートできる機能です。一般的に、低速データ レートのほうが、高速データ レートよりも伝送電力が高くなります。高密度の展開では、低速データ レートを避ける必要があります。これは、カバレッジ セルで高いスループットと容量が必要とされるにもかかわらず、パケット数の多い通話に低速データ レートを使用すると、この Wi-Fi チャネルおよび AP のすべてのクライアントのスループットが低下するためです。
シスコでは、AP の最大送信電力の設定が、クライアントの電話機がサポートする最大送信電力を超えないようにすることを強く推奨します。現行の Cisco AP は ClientLink をサポートするため、ClientLink を設定することを強く推奨します。ClientLink では、選択したクライアント宛ての信号を動的に作成します。ClientLink ロジックによって、転送されたパケットの信号伝播は変更されますが、ブロードキャストまたはマルチキャスト パケットの信号伝播は変更されません。ClientLink では、一般的な全方向性アンテナの、全方向で同じ信号エネルギーを持つ水平方向の信号伝播が削除されます。信号エネルギーは、選択したクライアントの方向で増加します。転送された信号は、選択されたクライアントでの信号エネルギーを増加させるため、電話機のダウンストリームの信号品質が向上します。これにより、コールの MOS 値が向上します。MOS 値が向上することによって再試行が減少し、すべてのクライアントのカバレッジ エリアのスループットが向上します。この信号はシェーピング済み信号として特定のロケーションに転送されるため、AP のその他のカバレッジ エリアでは信号が削減されます。これにより、ブロードキャストおよびマルチキャスト パケットと他の AP との間でチャネルが重複する領域で、チャネルのパフォーマンスが向上します。
シスコでは、電話機の各モデルを、そのモデルの Wi-Fi カバレッジ エリアに対してテストすることを推奨します。WLC は、電話機がアソシエートされた AP における各クライアントの受信信号強度インジケータ(RSSI)を報告します。RSSI フィールドに表示される値は、電話機から AP に送信されるパケットの信号強度です。この値は、電話機から送信されたパケットの、AP に受信された時点での信号強度を示します。電話機のカバレッジ エリアと、その電話機が AP のカバレッジのおおよその境界に配置されていることを確認することを推奨します。次に、電話機がアクティブなコール中のときの RSSI を確認します。この操作の目的は、セル エッジ(RSSI の推奨値 -67 dBm)で、そのパケットが高速データ レートで送信されることです。VoWLAN Wi-Fi カバレッジ エリアの範囲に対するセル エッジについては、図 9-10 を参照してください。図に示されている -39 という値は、クライアントの電話機またはデバイスが AP から数フィート以内にある場合に検出される、非常に強い信号です。
スマートフォンやタブレットの出現により、電話機のカバレッジのテストの重要性が増しています。これらのデバイスの Wi-Fi 機能は一般的に消費者向けのものであるため、これらのデバイスには通常、企業のサポートを想定した 802.11 機能はほとんど入っていません。ほとんどの消費者向けスマートフォンやタブレットでは、DTPC をサポートしていません。このためシスコでは、2.4 GHz および 5 GHz 帯域での最大送信電力を、お使いの最も弱いスマートフォンやタブレットの 2.4 GHz および 5 GHz 帯域での最大送信電力に合わせた dBm 値に設定することを推奨します。この WLC フィールドの値によって AP の送信電力が制限されるため、電話機から AP までの範囲のバランスを保つことができます。
802.11r および 802.11k 機能
IEEE 802.11k および 802.11r は、WLAN 環境における Basic Service Set(BSS)のシームレスな移行を可能にする主要な業界標準です。WLAN 7.2 リリースでは、シスコは 802.11r セキュア認証 Fast Transition プロトコルをサポートしています。IEEE 802.11k 仕様は、2008 年 6 月に承認されました。IEEE 802.11r 仕様は、2008 年 7 月に承認されました。802.11r 仕様は、2004 年 6 月の 802.11e セキュリティ仕様に従っています。
802.11k 仕様の簡単な説明については、 こちら をお読みください。
802.11k 仕様の詳細については、 こちら をお読みください。
802.11r 仕様の簡単な説明については、 こちら をお読みください。
802.11k および 802.11k 対応のクライアント デバイスは、現在アソシエートされている AP に対し、近隣 AP のリスト( ネイバー リスト )の要求を送信します。この要求は、 アクション パケット と呼ばれる 802.11 管理フレームの形式になります。AP は、同じ WLAN 上にある AP のネイバー リストと、それぞれの Wi-Fi チャネル番号を示すアクション パケットで応答します。
この応答のアクション パケットから、802.11k クライアントは次のローミング先の候補がどの AP であるかを知ることができます。802.11k の無線リソース管理(RRM)アルゴリズムを使用することで、スマートフォンは正確かつ迅速にローミングできるようになります。これは、オンコール ローミングが一般的に利用されるエンタープライズ環境における正常なコール品質のための要件です。
シスコでは、RRM によってネイバー リストの応答パケットで 2.4 GHz と 5 GHz 両方の AP チャネル番号を提供できるように、WLC で 802.11k を設定することを推奨します。また、VoWLAN コールだけでなく、すべてのアプリケーションとデバイスに 5 GHz 帯域の Wi-Fi チャネルを使用することを推奨します。
ネイバー リストからの情報があれば、802.11k クライアントは次のローミング先の AP を特定するために、すべての 2.4 GHz および 5 GHz チャネルをプローブする必要がなくなります。すべてのチャネルをプローブする必要がなくなれば、すべてのチャネルのチャネル利用率が減少するため、すべてのチャネルの帯域幅が増加します。また、ローミングにかかる時間が短縮され、クライアントはより適確な決定を下せるようになります。また、各チャネルの無線設定が変更されないうえ、各チャネルにプローブ要求が送信されないため、デバイスのバッテリ寿命が長くなります。これにより、デバイスでプローブ応答フレームをすべて処理する必要がなくなります。
802.11r および 802.11e 仕様は、同じ認証タイプ(EAP-FAST、LEAP、EAP-TLS、EAP-TTLS、EAP-SIM、PEAP バージョン 1 および 2)をサポートしています。このセキュリティ機能により、4 個のパケットをやり取りするだけで、802.11r 対応クライアントを AP で確実に認証できます。このパケットのうち 2 個は、AP 同士を接続するイーサネット有線接続を介して送信されます。残りの 2 個のパケットは、各 AP の Wi-Fi チャネルで送信されます。これにより、802.11r クライアントが実際にローミングする前に、ローミングしようとしている AP に対して確実に認証できるようになります。その結果、802.11r クライアントはローミング後、認証プロセスによる遅延を生じさせることなく、データ、ビデオ、および音声パケットを送受信できるようになります。802.11r パラメータが追加されることで 802.11 ヘッダーが変わるため、802.11r クライアント用の WLAN を 802.11r 対応でないクライアントと共有することはできません。つまり、802.11r 対応の WLAN によって SSID を割り当てられたすべてのクライアントに、アソシエーション パケットの 802.11r 要素に対応した Wi-Fi 無線ファームウェアが入っていなければならないことを意味します。802.11r 高速ローミングに対する制限は次のとおりです。
- Autonomous モードの AP でサポートされますが、無線ドメイン サービス(WDS)が必要です。
- ローカル認証 WLAN と中央認証 WLAN 間のローミングはサポートされません。
シスコでは 802.11r 仕様の使用を推奨します。802.11r では、WLAN に認証済みのクライアントとの間で Wi-Fi チャネルに送信されるパケット数が減少するので、ローミングにかかる時間が短縮されるためです。
ユーザにとってローカルな干渉源
干渉はユーザにとって局所的(ローカル)な事象ですが、近接ユーザにも影響する可能性があります。Bluetooth は、2.4 GHz Wi-Fi チャネルと干渉するパーソナル エリア ネットワークで使用される一般的な RF プロトコルです。図 9-13 は、実際の Bluetooth 信号が 802.11b/g クライアントで使用されるすべての 2.4 GHz チャネルにまたがっていることを示しています。この図は電話に取り付けられた Bluetooth ヘッドセットを使用した 802.11n-2.4 GHz 音声コールから取得したものです。図 9-14 では、Bluetooth ヘッドセットによるジッターも示しています。
図 9-13 一般的な Bluetooth イヤホンの 802.11b/g 2.4 GHz スペクトルにおける信号パターン
図 9-13 中の紫色の線は、最大ホールド、すなわちテスト中に到達した最大送信電力を示します。黄色い線は、最後のサンプル期間 10 秒の最大送信電力を示します。緑色の線は、テスト期間の平均送信電力を示します。縦の青い点線は、オーバーラップしない 3 つの 802.11b/g チャネルである Ch1、Ch6、および Ch11 を区分しています。この図は、左から右に 2.400 GHz から 2.500 GHz を表します。右端の Ch11 の青い縦線は、ヨーロッパと日本で使用されている 802.11 スペクトルの部分です。このキャプチャは、北米の規制ドメイン用に設定された AP とクライアントを使って取得されました。この図は、Bluetooth イヤホンが FCC 規制の外側で簡単に電波を送信していたことを示しています。
Bluetooth 信号が非常に狭いことに注目してください。Bluetooth は 1 つの MHz の周波数でデータを送信し、送信を停止し、802.11 2.4 GHz 帯域の別の周波数に移動して、データを送信します。この動作は繰り返し実行されます。802.11b と 802.11n-2.4 GHz の信号は、組み合わされた 22 MHz の周波数で送信されます。無線はその 22 MHz の周波数に留まります。22 MHz のこのグルーピングはチャネルと呼ばれます。最大ホールド線は、検索モードでの Bluetooth の強さを示しています。信号レベルは、50 mW(17 dBm)OFDM 802.11n-2.4 GHz 無線の信号レベルを上回っています。この強度および長さの信号により、802.11b/g 電話は VoWLAN コールをドロップします。Bluetooth 信号の強度が低いと、ジッターが発生して MOS 値が低くなります。図 9-14 は、それぞれ Bluetooth イヤホンを使用する 3 つの同時通話での、Ethereal によるジッター分析の例を示します。
図 9-14 ジッター分析の例
3 つのコールはすべて同じ AP 上にあり、この AP 上の他の電話へのコールでした。Wi-Fi および Bluetooth の干渉については、こちらの IEEE レポート をお読みください。
Wi-Fi OFDM と衝突したときの Bluetooth TDM パケットに対する障害に影響を与える要因には、次のようなものがあります。
- 相対電力
- 帯域幅
- 相互オーバーラップ
- 衝突する OFDM 信号の数
サンプルの Wi-Fi OFDM のパケットと Bluetooth 信号の間の干渉の影響に対するシミュレーションを行いました(図 9-15 を参照)。この図では、標準の GMSK Bluetooth の無歪信号の TDM 特性を示します。左側が時間と周波数(MHz)の関係、右側が時間と I/Q の振幅の関係を示しています。
図 9-15 IEEE 波形シミュレーション
図 9-15 で示すように、ホッピング周期が 625 秒の Bluetooth パケットは、一度に複数の OFDM パケットと干渉する可能性があります。特に、高速の OFDM モード パケット(パケット長が Bluetooth よりはるかに短い)が衝突の対象となる場合は、必ず干渉が発生します。