― 『残像に口紅を』 (89年) では「文字落とし」 (使える文字<音>を次々に減らしていき、最後はすべての文字が小説世界から消えてしまう) という実験を行っておられますが、この作品を書くためにワープロを購入されたとか。
そうです。ワープロって面白そうだな、いろいろ遊べそうだなと、ずっと狙ってはいたんですが……ほら、誤変換とか、パロディみたいで楽しそうでしょ (笑) 。でも、あえて導入するほどのこともなかったので先送りにしていたんです。しかし、『残像に口紅を』で、「文字落とし」という手法を用いて小説を書くにあたっては、どうしてもワープロが必要でした。
使えない「かな文字」のキーに赤い丸を貼って、残りのキーだけで物語を書いていくわけですが、たとえば「ぱ」の文字を使えないことにした場合、「は」や「ば」はまだ生きているので、「は」のキーに赤丸を貼ることはできない。そうすると、ついうっかりして「ぱ」も使ってしまう。そういうことが度重なってずいぶん苦労しました。それでも、あの小説はワープロというツールなくしては誕生しえなかった作品ですね。
手書きからワープロになると文体が変わるのではないかとよく聞かれますが、ボクに関しては残念ながら変化はありませんでした。もし変わったら、かえって面白かったんだけど (笑) 。
だいたい、文体というのは作家の思考回路そのものですから、それまで 40年も書き続けてきた作家の生理が、ツールを違えただけで変わるほうがおかしい。作家の文体とは、そういうものではないと思います。
― ワープロ導入がきっかけとなって、次はパソコン通信を使った双方向のコミュニケーションによる新聞連載小説『朝のガスパール』 (92年) へと展開していくわけですね。
まとまった作品がいくらでも手に入る世の中で、たかだか 1回につき原稿用紙 3~4枚の新聞連載をやる意味があるのか、逆に言えば、どのようなものを書けば、今、ボクが新聞で連載小説をやる意味があるのか、そういうことを考えた結果として出てきたのが、あのスタイルでした。
その日の小説を読んだ読者に感想や次の展開などを投稿してもらい、作者がそれを取り込んで物語を展開させていく。幸い、このアイデアに ASAHI ネットが乗ってくれて、ASAHI ネット上に『朝のガスパール』用の会議室 (掲示板) を設置することができました。郵便による投稿も受け付けましたが、やはりパソコン通信の即時性にはかないませんでしたね。このときの会議室でのやりとりは『電脳筒井線』という本になってまとめられましたし、小説そのものはもちろんのこと、この一連の実験はボクにとっても非常に興味深いものでした。